11月18日
いばらく記事を書けなかった。
土日もなく休めない一週間だった。県の指導検査、里親大会、スクーリング講師。ついでに右手薬指の爪をぶっちめて激痛を味わった。今年初めての通院をした。明日からは全養大会で高知に出張。今日書かないと、またしばらく空いてしまうので・・・
この一週間普恵園問題の根深さを改めて実感した。星の家が行政や業界と溝があったことは何度も書いたが、その要因を一言でいえば、星さんが普恵園の職員であったということだ。星の家は11年を経て随分認知されるようになったが、今でも「星さんを認めない」という人が行政にも業界にも存在するのが現実だ。
先日もある人と激論を交わしたのだが、かつての普恵園はネグレクト状態だったという。例としてその人があげたのが「子どもがシンナーを吸っていても放っておいた」「寝具や下着については自分のも他人のも区別がつかな状況だった」ということだ。ついでに普恵園問題※についても「放任状況をつくりながら新しい経営者の運営に異を唱える資格があるのか」と、組合の幹部を批判する。
私には、外部の人が施設職員の責任を問うこと自体に違和感が感じられるのだが・・・。外部の人から責任を問われるのは理事長であり施設長なのでは。そして理事長や施設長から責任を問われるのがその職員だと思うのだが。
実は普恵園問題については同じような議論が何年も前から行われているが埒があかない。
星の家での星さんの入居者へのかかわりは距離の取り方が絶妙でまさに職人業である。いつまでもつながりを切らさないという姿勢もいい。そうした星さんのかかわりは、全国の自立援助ホームの中でも高く評価されている。にもかかわらず、かつての普恵園が引き合いに出されて、今の星さんが認められないのは残念でならない。
私は星さんが勤務していた頃の普恵園のことはわからない。星さんから聞いたことがあるのは「幼児が50人もいてまともな養育ができる状況ではなかった」ということぐらいだ。当時の状況が本当にネグレクトであったのか、そうであったとしたらその要因は何であったのか、探ってみるのも無駄ではないであろう。
※当時の施設長が去って運営を引き継いだ内藤さん(故人)も放任状態については指摘していた。その内藤さんの施設運営が独善的だということで、古くからいる職員が中心となって労働組合が結成されたのが普恵園問題の起こりである。
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