« 2016年12月 | トップページ | 2017年12月 »

2017年8月

新しい社会的養育ビジョン2

8月15日

児童養護施設の売りは何か?
365日、24時間休むことなく子どもを養育していること。そこに保育士、社会福祉士、臨床心理士、看護師などの専門職がいること。そして傷ついた子供たちを数多く養育し、困難を抱える親たちと向き合ってきたこと。
こうした機能とノウハウを地域の子育て支援に還元していくこと。これがこれからの児童養護施設に求められることだ。
新しいビジョンで繰り返し語られていることが、「永続的解決(パーマネンシーの保障)」である。だとすれば、親子分離をしないように、困難な状況にある家庭、そして子どもに具体的な支援を届けていくことが求められる。分離したとしても短期間で家庭に戻ることができるように親を支援していくことが求められる。施設と家庭を行ったり来たりすることもあろう。週5日は施設で2日は家庭でということもあろうし、その逆もあろう。
家族と暮らすことができない場合は養子縁組が優先されるし、その次が養育里親。こうした家庭のサポートも重要な役割になろう。
いずれにしても子育て家庭に対する実効性のある支援は、「必要に応じて子どもを預かる」こと。いわゆる親戚の役割だ。いいかえれば「ともに子どもを育てる」ということ。こんなことができるのは児童養護施設ぐらいではないだろうか。
養徳園では、県北を中心に9つの市町とショートステイ契約を結んでいる。今後はこうした市町との連携が一層重要なものとなってくる。ケアニーズの高い子どもの受け入れにあたっても、こうした市町の子どもが優先され、市町と連携してその家庭、子どもを支援していくことになろう。そう考えると、施設の立地が大きな問題になる。
「県が保護して施設に収容する」、これまでの形であれば、県内どこに施設があってもよかった。もしかしたら問題を見えなくするためには、田舎のほうが都合がよかったかもしれない。しかし、新しいビジョンを進めていくことになれば、そういうわけにはいかない。地域の子育て支援に参画しない施設は淘汰されるだろうし、参画したとしても過疎地域の施設はよほどスペシャルな支援を展開できないと淘汰されることになろう。
私の持論は「施設養護の発展的解消」。その道筋をこのビジョンは示している。そのことについては歓迎だが、いかにも拙速すぎないか。国は本気度を出して、施設に変革を迫ろうとしているのかもしれないが、現実的でない数値目標を掲げたことで、せっかくのビジョンがつぶされてしまわないか心配だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新しい社会的養育ビジョン

8月6日

先月、栃木の方より3万円の御寄付をいただきました。いつもありがとうございます。久しぶりにブログを開いたので、ついでに書きます。

先日、新た社会的養育に関する検討会がとりまとめた「新しい社会的養育ビジョン」が示された。「施設入所停止」、「未就学児75%里親へ」などの新聞見出しに児童養護施設関係者は何を思っただろうか。

「絶対無理!里親、里親といいながら、実際なり手が少ないのが現実」、「アメリカもイギリスも、里親中心だが、里親で育った子の予後はよくないのが現実。それをわかっていて里親に移行していいのか」などなど。確かにその通りだが、底流に何があるのかを考えなければならない。
問題の本質は要保護児童問題の可視化だ。日本は近代国家の仲間入りをしたのちも、ずっと施設中心でやってきた。石井十次の時代であっても、全国から岡山孤児院に次々に孤児が送られた。第二次大戦後は巷にあふれた孤児が保護され施設に収容された。成熟した社会になっても、県(児童相談所)が保護して県内にある施設に集中して収容した。結局、地域から問題を排除する(見えなくする)形がとられてきた。問題が見えなくなった地域はよいが、施設を抱える地域にとっては・・・・。これが施設の地域化を阻む最大の要因だ。
地域コミニティーの崩壊、家庭の養育力の低下、そして子どもの貧困と児童虐待の顕在化などなど、すでに要保護児童の問題を地域から排除することはできなくなっている。地域は問題をしっかり見て対処することが求められているのだ。こうした流れは、市町村に要保護児童対策地域協議会や児童虐待相談窓口ができたあたりから動きだし、昨年の児童福祉法改正によってより明確になり、今回のビジョンで示された数値目標で、国は本気度を示したというところだろう。
要保護児童問題を可視化するためには、まずはその家庭を地域でどれだけ支援できるかだし、仮に保護されるとしても、限られた施設に収容し養育するのではなく、そこかしこにある里親家庭で養育されなければならない。真に成熟した社会が、弱者を包み込む共生社会でなければならないとすればなおさらである。地域から排除され施設で暮らす子は「憐み」の対象になってしまうのだ。
私が養徳園に奉職したのは24年前。まだバブルの余韻が残るころで、施設は定員割れ状態で、「養護施設の戦後の役割は終わった」と言われていた。そう言われた養護施設も児童虐待が顕在化したことで被虐待児の受け皿となって救われた。これでやっと戦後の役割を終えたと言っていいのではないか。そして児童養護施設には新たな役割が待っている。つづく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年12月 | トップページ | 2017年12月 »