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新しい社会的養育ビジョン

8月6日

先月、栃木の方より3万円の御寄付をいただきました。いつもありがとうございます。久しぶりにブログを開いたので、ついでに書きます。

先日、新た社会的養育に関する検討会がとりまとめた「新しい社会的養育ビジョン」が示された。「施設入所停止」、「未就学児75%里親へ」などの新聞見出しに児童養護施設関係者は何を思っただろうか。

「絶対無理!里親、里親といいながら、実際なり手が少ないのが現実」、「アメリカもイギリスも、里親中心だが、里親で育った子の予後はよくないのが現実。それをわかっていて里親に移行していいのか」などなど。確かにその通りだが、底流に何があるのかを考えなければならない。
問題の本質は要保護児童問題の可視化だ。日本は近代国家の仲間入りをしたのちも、ずっと施設中心でやってきた。石井十次の時代であっても、全国から岡山孤児院に次々に孤児が送られた。第二次大戦後は巷にあふれた孤児が保護され施設に収容された。成熟した社会になっても、県(児童相談所)が保護して県内にある施設に集中して収容した。結局、地域から問題を排除する(見えなくする)形がとられてきた。問題が見えなくなった地域はよいが、施設を抱える地域にとっては・・・・。これが施設の地域化を阻む最大の要因だ。
地域コミニティーの崩壊、家庭の養育力の低下、そして子どもの貧困と児童虐待の顕在化などなど、すでに要保護児童の問題を地域から排除することはできなくなっている。地域は問題をしっかり見て対処することが求められているのだ。こうした流れは、市町村に要保護児童対策地域協議会や児童虐待相談窓口ができたあたりから動きだし、昨年の児童福祉法改正によってより明確になり、今回のビジョンで示された数値目標で、国は本気度を示したというところだろう。
要保護児童問題を可視化するためには、まずはその家庭を地域でどれだけ支援できるかだし、仮に保護されるとしても、限られた施設に収容し養育するのではなく、そこかしこにある里親家庭で養育されなければならない。真に成熟した社会が、弱者を包み込む共生社会でなければならないとすればなおさらである。地域から排除され施設で暮らす子は「憐み」の対象になってしまうのだ。
私が養徳園に奉職したのは24年前。まだバブルの余韻が残るころで、施設は定員割れ状態で、「養護施設の戦後の役割は終わった」と言われていた。そう言われた養護施設も児童虐待が顕在化したことで被虐待児の受け皿となって救われた。これでやっと戦後の役割を終えたと言っていいのではないか。そして児童養護施設には新たな役割が待っている。つづく

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